ゲイリー・レナード語録

ゲイリー講座のゆるゆるメモ

ゲイリー講座 (59) 他者に対する責任

※間違えて先に講座60を視聴してしまったのでコッチを後に出します。

 

【第59回】
The Equality of Miracles, from ACIM Ch. 14, Section X
https://www.crowdcast.io/e/equality-of-miracles/1
2021/02/11(PST)→JST 02/12 10-12時

 

他者に対する責任はない

46シンディ: 私たちは他者の振る舞いに対する責任はありません。それは彼らの仕事であり、誰もがそれぞれに自身のための贖罪を受け入れる責任があります。だから、この世界のレベルでは他者がどう行動するかの責任はあなたにはないんです。もし自分が他者のことに責任があると思っているなら、その重荷は手放して構いません。
私たちの何人が「彼/彼女にいやな思いをさせたくない」「彼/彼女の感情を傷つけたくない」と言ってきたでしょう?でもあなたは決して、他の誰かを傷つけたり特定の感情を抱かせたりすることはできません。彼らがどう感じるかは彼らの仕事です。私たち全てが、自分の想念に責任があるのだから。
だからって、他者に意地悪なことを言っていいということにはなりません。47 だけど、もしあなたがそういう攻撃的な言い方をしてしまって後で後悔するなら、まず必要なのは自分自身を赦す必要があるということ(もし嫌な気分でいるなら)。同時に、その他者も肉体ではなく心であり、彼らも彼ら自身のために選択できるということを思い出すことです。
彼らがあなたの言葉をどう解釈するか(は彼らの責任)。また、より高い視点に立つなら、「まてよ、形態上はそのように見えるけど、これはイメージ(形象)に過ぎない。これは私の夢であって、私があらゆる登場人物を作り出し、そうすることで自分の罪悪感を外に見ようとしている」と思い出すこともできます。

 

★Q 断食と悪魔の誘惑
エスユダヤ裁くで40日間断食して(悪魔に)誘惑されたという福音書の話は本当ですか?

1:02 ゲイリー:Noだ笑。新約聖書にあるJの話のほとんどはつくり話で、他の話がもとになっている。(中略) キリスト教で見られるもののほとんどは(キリスト教)オリジナルではない。1:03 例えば処女懐胎はオリジナルのアイデアではない。宗教を作ろうとした人々がギリシア神話やJの後の時代の話をもとにした。新約聖書にはそんなものがいっぱいある。
Jは40日も断食する必要はなかった。その断食の話は、Jがほとんど食べる必要がなかったことから来ているのだろう。じっさい、Jは食物を必要としなかった。彼は何も必要なかったんだ。こんにちでさえ、日光だけで生きていける人はいる。Jは悟ったマスターとして何も必要としなかった。そこから断食という話になったんだろう(食べる必要がなかったから)。
1:04 そのとき(悪魔の)誘惑があったという話について聖書では、サタンが「おまえに世界をやろう」と言ったのに対し、イエスが要らないと言ったことになってる。僕は、もしそんな状況が本当にあったならJはそう言っただろうと思う。ただしそんな事は起こらなかったけどね。だからJの姿勢の描写としてなら、この話は正確だと言える。
だが、彼にとって"誘惑"の概念というのは、他のみんなのものとは全然違った。彼がコースで言っている"誘惑"とは、君が肉体であると納得させられてしまうことだ。それが真の誘惑なのであり、サタンによって世界とか物質的なものをオファーされることではない。
1:05 というわけで、こうした話は実際にあったことをもとにして書かれてはいるが、本当の話ではないってことだ。だから僕は聖書のほとんどの話を文字通りに受け取ってはいない。

 

★Q 迫害されなかった使徒

パウロ(元サウロ)達がトマス達を迫害して殺そうとしたという話がありました。だけどヤコブとペテロは迫害されることなく公の場に残っています。なぜヤコブとペテロだけそうなったのですか?また復活のあと、ヤコブエルサレムのラビの長として残ることができたのですか?それとも新しい教会を始めたかどで追放されたりしたのですか?

1:15 ゲイリー:Jの兄弟ヤコブ(James)とペテロはパウロ(元サウロ)とすごく親しくなった。パウロは初期の教会に宛てて美しい手紙を書けたから2人が気に入ったんだ。2人はそんなパウロが使えると思った。パウロは雄弁だったが、彼らはそうじゃなかったからね。
1:16 一方、僕つまりトマスのほうはJが実際に言った言葉にもっと近い福音書を持っていた。だからトマスの福音書を読めば、(新約聖書の後半を占める)パウロの手紙とは全然違うことが分かるだろう。つまり彼ら(パウロ側)は最初からトマスを拒否していた。なぜなら、彼らは宗教を興したいと思っていたからだ。
だがトマスは新しい宗教を興すことには興味がなかった。彼はJの叡智の教え(wisdom teachings)を人々と分かち合いたかったんだ。これは全然別物だ。だから、キリスト教はJの叡智の教えに基づいてはおらず、使徒パウロの神学に基づいている。それがヤコブとペテロにはうまくハマったので仲良くなった。
追放されたのはトマスのほうだ。1:17 彼らとは全く違うこと(Jの教えに非常に近いもの)を教えていたからね。

ゲイリー講座 (60) 兄弟を平等に見ること

※間違えて講座59より先に講座60を視聴してしまったのでコッチを先に出します。59は後日更新します。

【第60回】
The Equality of Miracles, from ACIM Ch. 14, Section X
https://www.crowdcast.io/e/equality-of-miracles/2
2021/02/11(PST)→JST 02/12 10-12時

 

兄弟を平等に見るということ

28 J、ブッダマグダラのマリアはこの世界の形態にとらわれなかった。だからJは2000年前に誰であっても平等に扱った。男性・女性に関わらず等しく接した。それも、とんでもない男女差が当たり前だった時代にそうしたんだ。当時、女性は不平等に扱われていた。だがJはあらゆる人々を平等と見ていた。なぜなら、Jはそれらの人々の真の姿(完璧な霊としての存在)を見ていたからだ。(中略)
29 人の目には平等に見えないかも知れないが、神の目には僕らはすべて平等に見えている。神はえこひいきしない。僕らが平等なのは、僕らが神と全く同じに創造されたからだ。だけど、僕らは人々の見た目や行動などを見て本当にそう思えるだろうか。たとえ彼らが頭おかしい事をやっていても、たとえ誰かが病気で、誰かが健康でも、そこに違いはないということを。なぜなら、これらの何一つ本当ではなくて全部嘘っぱちだからだ。(中略)
30 そうしたことが「本当ではない」という事がわかってくると、やがて「僕らも実在しない」という事がわかってくる。他者が存在しないと理解できたら、自分も存在しないとわかる。君は自分の存在を失う事を心配する必要はない -- 必要なのは真の実在を取り戻すことだ。君が自分だと思っていたものは本当ではない。それを僕らの真の実在と入れ替えなければならない。31 夢の中では一部の人が成功したり、誰かが災難に遭ったりしているように見える。だが、それらに違いはないということを認識する必要がある。

 

自我は競争を好む、聖霊Win-Winに導く

1:11 自我は競争が大好きだ。これは資本主義だけの話をしてるわけじゃない。世界中どこにでも競争が見えるし、それがどの経済システムであろうが関係ない。共産主義にだっていろんな競争がある。トップの座を得るために殺し合いをしたりする。それは社会主義にだって言える。独裁主義にだって自由主義にだってある。経済システムの形態がなんであろうが関係ない。
1:12 同じことはショービジネスにだって言える。あれも競争だ。誰もが他者を蹴落とそうとしている。例えば君が素晴らしい歌手だとする。すると自我の設定はこうだ。 君はAmerican Idol(オーディション番組)に出るだろう。そこには100人の素晴らしい歌手が集まっている。全員がすごい才能の持ち主だ。だけど自我の設定によれば、そこで勝てるのはたった1人だけ。これは負けるための状況でしかない。残り99人の素晴らしい歌手はみんな負け、ということになる。だって、たった1人しか勝てないんだから。じつにアホな話だ。だけどみんながそのやり方に惹かれる。そうすれば何かが手に入ると思ってるからだ。
企業はどうか。企業は従業員同士で競争するように仕向ける。互いを蹴落として上までのぼりつめるように、より多く生産するように、と。1:13 これは良い生き方とは言えない。しかし、そのように設定されてしまっている。
さて、君には心があり、選択の自由がある。君は夢見たとおりの人生を生きるだけの可能性を持っているし、聖霊によってよりよい人生にインスパイアされることもできる。聖霊は実際に君をより良い人生へと導くことができる。より良い人生へ導くこと自体はコースの目的ではないが、「祈りの歌」などを読めば、コースを実践した結果として、そのようなことが起こるということが分かるだろう。
「祈りの歌」では、実践の結果として訪れる良い出来事を、神の愛のこだま(エコー)(S-1.I.2)と呼んでいる。真の祈りの歌は、君と神との間の愛の歌だ。しかしそれと共に倍音や和音やエコーが生じる(S-1.I.3)。それら(倍音や和音など)は副次的なものだとされるが、それでもそのようなことが起こると言える。1:14 だから、神や聖霊を第一に据えたとしても、この世レベルでもやはり良いことは起こるということだ。
これは確実にWin-Winの状況だ。聖霊は君を寒空に放り出したりはしない。聖霊は君がホームレスになったり飢えたり苦しんだりすることを望まない。聖霊はまず第一に君に平安、幸せ、そして喜びを望んでいる。神の教師の10の特徴のひとつ、喜びを忘れないように。聖霊は君に犠牲を求めたりはしない。Jがrenounce the world(世界を放棄しなさい)と言ったとき、何かを犠牲にしろという意味で言ったのではない。よりよい人生、よりよいものの見方がある、ということを言っていて、コースがそれを教えてくれる。

 

Q10 「Jは彼の父親と同じ石工だったのですか?9時5時でやるような仕事をしていたのですか?それとも説教をすることでお布施を貰っていたのですか?」

1:52 ゲイリー:Jは通常の9時5時仕事はしなかったが、時々父親を手伝っていた。Jは力があったし、父が何か運ぶ必要があるときは手伝っていた。しかし何時間も仕事に費やしたりはしなかった。彼は神と共に過ごし、外を歩き回ることが多かった。映画ベン・ハー(1959版)で僕の好きな台詞がある。53 誰かがJの父親ヨセフに話しかけてるシーンで、Jは外を歩いて神と親交している。誰かが「お前の息子は父親(father)と共に仕事しているべきだろう」とヨセフに言う。ヨセフは「息子は父(Father=神)と共に仕事をしているよ」と答えた。僕はその台詞が最高だと思ったよ。

 

 

ゲイリー講座 (58) あらゆる苦痛は心の投影

【第58回】
A Whole Month of Q & A! (Part 2)
https://www.crowdcast.io/e/qa-jan-2021/2
2021/01/28(PST)→JST 01/29 10-12時

 

★Q2 赦せば必ず何らかの癒しが伴うということ
「もし癒しが赦しであるなら、なぜ教師のマニュアルには癒しを疑って同じことを繰り返すべきではない(M-7.2)と言ってるのですか。だって私たちは何度も繰り返し赦す必要があるのでしょう?何が違うんですか?二元的な癒しは非二元の癒しとは違うということですか?」

22 ゲイリー:そのとおりだ。それが答えだ。これが難解だと思うのは、僕らが"肉体の症状が消え去ることが癒しだ"と思ってるからだ。23 その癒しの結果は、目で見て分かることもあるだろうし、そうでないこともある。しかしマニュアルは(たとえ目に見える結果が伴っていなくても)必ず何らかの癒しは起こっている、と言っている。それに、癒しは君の肉体で起こることもあれば、他者の肉体で起こることもある。癒しは分子レベルで起こっているかもしれない。とにかく必ず何らかの癒しが起こるってことだ。だけど、君が癌だったとして、その癌が突然キレイに消えてしまうとかいう話ではない。そういうことも起こりうるけど、いつもそういう事が起こるわけじゃない。

24 シンディ:ひとたび赦したなら、その奇跡は決して失われない、ということは強調しすぎることはありません。これが上手くいくためには、結果に対して一切の執着を手放すこと。たとえ癌のようなものがあったとしても。肉体は私の心の外側にあります。だから訂正すべきは私の心のほうです。25 でもそれと同時に、あなたは薬を服用して、医者にかかって、この世界のレベルでやるべきことをやります。もし痛みがあるときは心でその痛みを感じていると知りながら。26 そんなときは「いま持てる最も愛ある想念は?」と自問すること。そこから始めるのです。(肉体的に治癒したいという)その執着を手放すのがいちばん難しいところですね。

 

★Q 平安を共有できない理由
「テキストでは "...もしあなたがいかなる種類の恐れからも完全に自由であり、あなたと出会う人々や、あなたを想う人々までもが、あなたの完全なる平安を共にするなら、そのときこそ、あなたは自分自身のレッスンではなく神のレッスンを学んだと確信してよい。(T-14.XI.5)"と言ってます。一方Jは"預言者は故郷では歓迎されない"と言い、十字架にかけられました。Jを十字架にかけた人々はなぜJの平安を共有できなかったのですか?」

36 シンディ: 良い質問ですね。私は当時Jに出会った人々はみなJの平安を受け取ったと思うけれど、人々の側がその平安を脅威と感じたのでしょう。Jがあまりにも愛に満ちていたので、彼らは恐れ(攻撃)で反応しました。37 例えば、あなたが誰かに微笑んだとき、相手がぎょっとするような攻撃の表情を見せたことはないですか?それは、彼らがその時点ではその愛を受け入れることができないということです。彼ら自身が心の中でその愛を感じられていないから、脅威と感じるのです。相互に共有できない思考体系(自分注:聖霊vs自我)は攻撃として認識されるからです。

 

★Q6 洗礼者ヨハネとの絆、教えの違い

「洗礼者ヨハネはJと同じことを教えていたのですか?」

1:21 ゲイリー:洗礼者ヨハネとJは従兄弟同士だった。2人とも子供時代からお互いを知っていた。そんな洗礼者ヨハネがイエスを洗礼したのは興味深い。1:22 再会したとき、彼らは6-7年会ってなかった。だがヨハネはJに気づいた。そしてヨハネは預言を知っていて、Jがその預言された救世主だということも察知していた。しかし、ユダヤ人にとってその預言は「王のような救世主」をイメージしていた。つまりローマ人から救ってくれるような政治的指導者を期待していたんだ。だがJは僧侶のような救世主となった。彼は純粋な霊性の道を教えた。つまり人々の欲していたものを与えたのではなかった。

一方、洗礼者ヨハネは興味深い個性の持ち主だった。1:23 荒野に住んで人々に「悔改めよ!悔改めよ」とやるような、旧約のユダヤの教えを説いていた。彼は変わってたし、いろんな意味で声が大きいタイプだった。で、Jが来た時、ヨハネは人々を洗礼していて、Jもヨハネに洗礼されるために訪れたんだ。ヨハネは「あなたこそ私を洗礼するべきです」と固辞した。しかしJは「いや、あなたが私を洗礼してください」と答えた。彼らのあいだには絆があったんだ。

1:24 洗礼者ヨハネは、Jが教えようとしていることをまだ理解していなかったが、彼はなかなかのサイキックだったので予感はあった。ヨハネは、Jが霊性の道の新しいリーダーになると知っていた。そしてJが、人々が聞いたことのないような教えをもたらすだろうということもね。

 

★Q9 あらゆる苦痛が心の投影であること

「ワークブックのレッスンは主に世界は幻想で実在しないという話です。このことは物理的な感覚とどうつながっているのでしょう?たとえば、痛みやその他の肉体的不快感なども実在しないわけですが、(我々は)確実にそれを感じます。実在しないものを感じないためにベストな方法はなんですか?」

1:44 ゲイリー:君が感じていると思ってる感覚は肉体の中にはなく心にある。苦痛はメンタルなプロセスだ。痛みは肉体にあるように見えるが、肉体は(心から)投影されたものだからね。君が時空の宇宙を投影している。痛みも快楽も心による投影だ。しかし、それが心から来ているというのは良いニュースだ。心は変えられるからね。

(実在しない感覚の対処法としては)「僕にあると思っていた罪悪はないんだ、神からの分離は不可能だから。僕は有罪だと思ってたけど無罪だった、だからこの痛みを感じる必要はない」と、その投影を巻き戻すような感じだ。

1:47 シンディ:いまチャット欄に「私は足を切断しましたが、ないはずの足にいまでも幻肢痛を感じます」というコメントが来ました。これなどはまさに、(痛みが心からの投影だという)完璧な例ね。

1:47 ゲイリー:腕を切断して3年後にその存在しないはずの腕が痒くなるということだってある。心の中に身体全体があるんだ。心の投影の特徴は、それが心の外にあるように見えることだ。だが投影の源は依然として心にある。結果ではなく原因から考えることだ。

 

 

ゲイリー × ガブリエラ対談:癌を生きる学習者

ゲイリーとガブリエラの対談
「癌患者・癌サバイバーの学習者へのメッセージ」
Conversations with Gabriela and Guests. Today's guest: Gary Renard - Podcast Nr.3

 

動画の説明
ゲイリーとガブリエラ・イリヤ(Gabriela Ilie)の対談。ガブリエラはダルハウジー大学の助教授で、癌患者のQOLについての専門家。また、アルゼナ・イリヤ( )の母親でもあり、ワプニック博士、ジュディ、ゲイリー達と親しい間柄でもある。

 

医療や薬の使用に罪悪感をもたないこと

8 ゲイリー:多くの学習者が、医療や薬の処方を受けることに罪悪感を感じている。それは魔術だから、ということで。(魔術:幻想を用いて幻想を癒そうとすること)。だがコースをよく読めば、そうした治療を受けてはダメとは書いてない。コースはただ、真の癒し手は心(聖霊)であるということを認識するように言っている。病気になる決断も、回復する決断も、心のものだから。テキストにはこうある:

「...しかしながら、訂正という目的のためにこうした薬剤を使用することが邪悪だということにはならない。(中略) この場合には、心身にとって妥協的な方法をとり、外界の何かに一時的に癒しの信念を付与することが賢明であるかもしれない。(T-2.IV.4)」

9 つまり、君はその外界の媒介(outside agent)を使いながらも、本当は心が働いているのだ、と見ることができる。もし外界の何かが君を助けてくれるように見えるなら、それはつまり、回復することを選択した心が、それらのものを引き寄せているということだ。10 それは一見、医者や看護師が君を癒やしているように見えるかもしれない。だけど君は知っている。その医者や看護師というのは、君の心の決断が回復することを選んだ結果、君を助けてくれている、ということを。

 

シュバイツァーの語る幸せの秘訣

20 ゲイリー:長生きする人は人生に目的を見出している。アルバート・シュバイツァーは、卒業生達に向かって「もし本当に幸せになりたいのなら、人々に奉仕する道を見出しなさい」と言った。他者に貢献する道を探しなさいと。自分のことばかり考えるのではなくね。もちろん僕は、世の中で物理的に人々の命を救ったりしてるわけではないが、それでも僕自身のやり方で人々に奉仕する道をみつけた。21 それがコースをシェアすることだったんだ。

 

幸せでいるのに理由なんて要らない

38 ゲイリー:君が自我を訂正するにつれ、君の心の中にある「真実」のほうが心を支配するようになる。そして最終的には「真実」が心を引き継ぎ、君の心の大半は分離ではなく霊(Spirit)のものになる。それは好ましい体験だ。
ときに、君はただそこに座ってるだけなのに、なぜだかすごく気分がいい、ということがあるだろう。でも君には、なぜそんなに気分がいいのか理由が分からない。僕が以前やってたestでは"幸せであるのに理由なんて要らない(There's no reason to be happy)"という言葉があった。だから、理由なしに幸せになったらいいんだ。そこに理由なんて要らないのさ。

 

物事がうまく行ってなくても構わない

39  ゲイリー:ひとつ注意しとこう。僕は、君がコースを実践したからって、あらゆる物事がうまく行くとは言ってない。なんならJの人生の最後のほうを見てみるといい。とても物事が上手くいってるようには見えないだろう。
だがポイントは「そんなのどうだって構わない」ってことだ。まあ、Jにはちょっとアドバンテージがあった。40 Jと同じレベルにまで自我を訂正したなら、いかなる肉体的苦痛を感じることも不可能になるからだ。
僕が「十字架刑のメッセージ(T-6.I)」をはじめて読んでたとき、「私の肉体は破壊されるように見えたが、もしあなたが肉体の破壊に対して怒るのであれば、あなたは自分を破壊されうるものとみなしているのであり、従って自分を狂ったものとみなしている」っていう事が書いてあった。つまりJが言うのは、「肉体が破壊されるのはたまらないと言うなら君は狂ってる」ってことだ。それをはじめて読んだ時「ジーザス!冗談だろ?勘弁してくれよ」って思った(笑)。
だがJは「十字架刑のメッセージ」で、彼が完璧な霊であったこと -- つまりそれが君の真の姿であるってこと --を教えているんだ。本当の君は傷つけられることもないし、殺されることもない、と。君の肉体に何が起こるかは関係ないんだ。そして僕には、Jが十字架刑を赦すのと、癌で死にかかってる人が癌を赦すことは、まったく違わないと思える。

 

ワプニック博士が目撃したヘレンの最期

54 ゲイリー:ケン・ワプニックがヘレンについて言っていた素敵な話を思い出す。ヘレンは膵癌(pancreatic cancer)で亡くなった。そして彼女はコースを適用するのに困難を抱えていた。
ケンとルイ(ヘレンの夫)は病院の(緊急治療室に運ばれた)ヘレンを看病していた。そして2人とも(夜になったので)家に戻ったところで病院から電話がかかってきて「ヘレンが亡くなった」と告げられた。55 彼らがそれまで見ていたヘレンはずっと苦痛の表情を浮かべていたのだが、ケンが再び病院に駆けつけると、非常に驚いたことに、ヘレンはとても平安な美しい表情で亡くなっていたという。
そしてケンはヘレンが以前Jが彼女に約束したという話を思い出したんだ。「その時(臨終)が来たら、私はあなたの側にいよう」という約束を。そして、ヘレンが(死後)どこへ行くか、何をするかといったことの面倒をすべてJが見る、と。
ケンが亡くなったヘレンの表情を見た時、Jが彼女との約束を守ったことを理解したそうだ。だからヘレンはあのような美しい微笑みを浮かべながら亡くなったんだとね。
Jは、彼と共に歩む者、共にいて欲しいと願う者であれば、誰であってもきっと側にいてくれるだろうと僕は思う。56 僕は事実としてそれを知っている。そして、そのことは死を恐れる気持ちを和らげてくれる。

※ヘレンの臨終については「天国から離れて」p562-563に詳細あり。

 

ゲイリー講座 (57) 奇跡が時間を節約する理由

【第57回】
A Whole Month of Q & A! (Part 1)
https://www.crowdcast.io/e/qa-jan-2021/1
2021/01/14(PDT)→JST 01/15 10-12時

 

★Q1 無意識の闇をほじくり返す必要性

「自我の最もネガティブな闇の部分を見つめることの重要性について話してもらえませんか?A&Pはそこまでする必要はないと言っていたようですが、ケン・ワプニックは「一部の学習者にとっては必要である」と言っているように思います。」

11 ゲイリー:A&Pは「ほとんどの場合、自我の深い闇をわざわざ掘り返しに行かなくていい」と言っている(J&B本8章p254-255)。君が赦さなきゃいけないものは目の前にあるから。12 だから赦すために深い闇を探す必要はない。ケンが話してた一部の例外というのは「常にポジティブ思考でいるような習慣を身につけたせいで、結果的に自我を否定してしまっているタイプの人々」のことだろう。彼らは、この世界の真の本質、自我の真の本質を見ていかなければならない人々だ。
だけど、ほとんどの人々のケースでは、僕たちが赦す必要のあるものは自然な方法で目の前に現れる。そしてほとんどの人にとって、赦す対象に不足することなんかないって分かるだろう(笑)。 「完璧なレッスンは常に目の前にあるけど、それが認識されることは稀だ」ってコースにあるようにね(M-3.5)。13 だからわざわざレッスンを探しに行く必要はないが、目の前にレッスンが現れたときにそれを認識し、自分のすべきこと(赦し)をする必要はあるってことだ。

 

★Q4 大統領選における国の分断をどう見るか

「(今回の大統領選で)国が分断してしまいました。うちの近所には、トランプが勝つべきだと信じるあまり、内戦が起こることを真剣に望んでいる人達がいます。これを戦場の上から見るべきだと分かっていますが、彼らの言い分はおっかないです。」

22 シンディ:気持ちは分かります。そのように感じているのはあなた1人ではありません。確かにこの大統領選では多くの対立がありました。でも、もしコースに忠実でいるなら、「何かの肩をもつ」という自我の誘惑には気をつけたいものです。
23 それは別に「あなたは意見を持つべきではない」という意味ではありません。意見を持つことは構わないし、好みがあってもいい。私たちは選挙しなきゃいけないし、自分が良いと思う人に投票すべきでしょう。でもコースが言うのは、それをリアルにする必要はないということ。もし私たちが特定の結果にひどく執着しているのなら、私たちは世界に囚われたままになるということです。
だからって、私たちは行動すべきではないという事にはなりません。導きに従ったり、物事を行ったり、意見を表明する事だってあるでしょう。だけど、それらを執着なしに行うことは可能だということです。「他の人は間違ってる」などと決めつけることなしに。

 

★Q5 ちっとも愛せない人がいたらどうすべきか?

「"(T-12.II.2)...ひとりでは神を思い出すことはできないからである..."という箇所を受け入れるのは難しいです。神のもとに帰還するには、すべての人を愛さなければいけないのですか?ちっとも好きになれる気がしない人がいたらどうすればいいのでしょう?」

30 シンディ:一なる神の子を愛することが必要、という意味ではYESです。ただしこれは、実相(Reality)の観点からの話。あなたは別に、彼らの(好ましくない)振る舞いを愛する必要はありません。あなたは彼らの自我を愛する必要はないのです。なぜなら自我は彼らの本当の姿ではないのだから。
だけど、コースの言う愛に基づくなら、あなたの赦しはall-inclusive(全包括)である必要があります。31 もしあなたが誰か嫌いな人、愛せそうもない人に対する赦しで問題を抱えているなら(その人を赦せないなら)、あなたは一なる神の子を除外していることになってしまいます。でも、あなたはただ「ひとりしかない」という事に対して注意深くあればいいのです。それだけです。そうすればやがて、「私たちはみな同じである」「そこにはひとりの神の子しかいない」という理解に到達していきます。
その神の子の一側面を愛せないとき -- あなたは他者を見るように自分を見ることになるので -- その赦せなさ、愛せなさは自分にかえってきてしまいます。つまり、自分で自分を傷つけていることになるのです。なので、「そこにはひとりの神の子しかいない」ということを覚えていれば、すべての人を無条件に愛したくなるでしょう。

 

★Q6 コースが時間を節約を勧める理由

「世界が台本通りだとして、ある友達が世界のひどい出来事について"これは私たちが同意したことだから"と言います。でも、私たちこの状況に同意したなんて有り得ますか?コースはこの考えをどう見ていますか?」

34 シンディ:「天国から離れて」の一節を思い出しました。Jがヘレンに語りかけているところで、彼は世界のひどい状態について「天上界の計画の迅速化(celestial speed-up)」が必要だと言及しています(→7章p232)。だから、人々の心をより早く変えられるように、一部の人々がその才能を使うために呼び戻されたといいます。35 それがコースのしていることであり、人々の心をより速やかに変えさせてくれます。
では、奇跡が私たちの時間を節約するのがなぜ大切なのか?それは実在しない夢の中の時間において急いでいるからではありません。(聖霊にとって)そんな事はちっとも重要ではないのです。
コースによる時間の節約や「天上界の計画の迅速化」が大事なのは -- その理由は、あまりにもこの世の苦しみが大きすぎるからです。この時間短縮は、愛ある呼びかけなのです。聖霊は「見なさい、この苦しみから抜け出す方法はあるし、これ以上待つ必要はないのだよ」と言っています。36 奇跡は時間を節約してくれるので、コースの赦しを実践すると、特定の時空のインターバルが消滅します。そのことは全ての神の子にとっての利益となるのです。これはとても美しいことです。

 

★Q13 Jのユーモアのセンスについて
「Jの人生について聞きたいです。Jは普通の男性のように振る舞っていましたか?彼は面白かったですか?ユーモアのセンスは悟った人の特徴なのでしょうか?」

1:05 ゲイリー:(2000年前)僕らが旅してたとき、ほとんどの場合、Jは何も言わなかったし、特に目立とうともしなかった。聴衆の前で話すとき以外はね。だがJは弟子たちとは友達だった。
そしてJにはユーモアのセンスがあったよ。それも格別にウィットに富んだやつが。Jはとても賢くて、時々そのジョークがしばらく誰にも分からなかったりね。彼はコースでも時々そういう事をしているから探してごらん。きっと彼のユーモアのセンスを感じるところがあるだろう。1:06 たとえばYou're no longer wholly(holy) insaneとかね。ときどきこういう面白い事が書いてある。Jは2000年前もそんな感じだったんだ。
彼は特別な素振りはしなかった。だが彼は教えた。多くの場合、たとえ話でね。Jは通常は普通の男性のように見えたよ。マリアと結婚して、普通のカップルだったし。互いの愛情表現については、当時の人々に比べてややオープンなほうだったけどね。
僕は、ユーモアのセンスは悟りの一側面だと確信している。

 

ゲイリー講座 (56) 復活のとき教えたこと

【第56回】
The Lessons of the Holy Spirit, from ACIM Ch. 6, Section V
https://www.crowdcast.io/e/lessons-of-the-holy-spirit/2
2020/12/29(PDT)→JST 12/30 10-12時

 

密かに恥じていること
26 ゲイリー:僕らが犯した罪だと思っているものは幻覚(hallucination)だ。自分が過去にしてきたと思ってる悪いこと、誰かに言ったひどい言葉、君が密かに恥じていること、世界でこんな事をしてるのは自分ひとりだろうと思うようなこと(これら全てが幻覚だということ)。ただ、実際にやってるのは君ひとりじゃないけどね。
一度オランダでワークショップをやった時だと思うけど、ある女性が自分について非常に恥じていた。しかし彼女は、かつて自分がやった「酷い行為」についてブレイクスルーがあったという。そして彼女はみんなの前で、その酷い行為について告白した。「じつは私、シャワー中におしっこしちゃったの」と。僕は思わず「。。。それだけ?」と聞いてしまった。で、「この中の何人がシャワー中におしっこしましたか?」と会場に聞いてみた。そしたら半数くらいが手を挙げたさ。でもって、たぶん残りの半分は嘘をついてるとみたね(笑)。
27 とにかく、彼女が理解しなきゃいけないことは、それは決して起こらなかった、ってことだ。それは幻覚だ。でも君は「そんな事より、自分のほうがよっぽど重大な過失を犯したことがある」と思うかも知れない。違う、それは重大なんかじゃない。そのことはあのことに比べてよりリアルだという事はない。それらは全て等しく真実ではない。誰かを傷つけたとか、あるいは物理的に傷つけたとしてもだ。でもそれは実際には起こっていない。幻覚だ。

 

全てが幻想なら何をしても良いのか?
40 ゲイリー:先週あった質問がちょっと大事だと思うので答えよう。それは「この世界がすべて幻想であり、何一つ真実でないなら、私たちは好き勝手してもいいのでは?」というやつだ。41 例えば好きなだけセックスしたり、狂ったように人を殺しまくったり、どのみちすべて幻想なら何をしても構わないでしょう、と。
それは実際にはこういうことだ。君が本当にコースを実践して、赦しのステップをやってるなら、それらは自動的に君を愛へと導く。さっきも言ったように、君の真の姿は愛なのだから。君が赦しを実践するなら、自我を訂正することになり、君はもっともっと愛に近づく。つまり君は誰にも危害を加えるような事はしなくなる。人生を愛の象徴として生きるようになるから。だから(赦しを実践していれば)君は惑星を破壊したりするような事はしない。42 コースは自我を訂正するためのもので、君を自動的に愛へと導く。それは自然に起こることで、無理やり(愛になろうと)頑張る必要はない。

 

トマスとJの愛、ローマ帝国時代
1:22 ゲイリー:なんで僕がJの誕生月を覚えているかと言うと、2000年前、Jとトマスは同い年だったから。しかも見た目もそっくりだった。時には冗談を言ってイタズラをしたりもした。たとえばJと僕が入れ替わったフリして遊んだりしたんだ。けど、さすがに僕はJの基準は満たせなかった(笑)。Jと同じになるのは大変なことだ。
Jの顔は愛にあふれていて、時に直視できずに顔をそむける人がいたほどだ。圧倒的な愛だった。Jをみた人がどう反応するかを観察するのは面白かった。Jを嫌っている人でさえ、Jには手出しができず、Jに影響を及ぼすことはできなかった。1:23 コースでJが言ってることは文字通りのことなんだ。たとえば「赦し」について、「それは、神に属さない何かがあなたに影響をおよぼす力があるということを、否定する(T-2.II.1.11)」と言ってる。Jは何にも影響されることはなかった。人々が何をしようと、何を言われようと、彼らがJを侮辱しようと。
当時のローマ帝国時代、ユダヤ人はみんなローマ人が嫌いだった。それだけが唯一、全てのユダヤ人が同意できることだった。たとえ僕らが言い争っていても、そこだけは意見の一致をみた。それが僕らのローマ人に対する憎悪だったんだ。それは当時の赦しのレッスンだったのだが、僕らは赦しのレッスンに気づかなかった。1:24 教師のマニュアルには、常に完璧なレッスンが目の前にあるという。だがその事はほとんど気づかれることがない。(それはいまの時代も変わらない)

 

★Q2「私は先週、手術で腫瘍を摘出しました。現時点では癌かどうかは分かりません。その検査結果が出るまで冷静でいるのはなかなか大変です。心がさまよい、周囲の人々にも苛立ってしまいます。この不確実で難しい時期を過ごすためのアドバイスをください」

1:36 ゲイリー:僕らはみんな同じクラブのメンバーだ。僕らはみんな自分を肉体だと思ってる、いまでも。(中には自分が肉体ではないという考えに馴染んできてる人もいるかもしれないけど)。いずれにしても、歳を取るということはプロセスの一部だ。1:37 あと2ヶ月で僕は70歳になる。身体が以前ほど動かなくなってくるのは、このゲームの一部なんだ。たとえ君が自分自身を超健康に保っていたとしてもね!身体が少しずつ故障しはじめるのは、単に時間の問題だ。
これは素晴らしい赦しの機会といえる。それは易しいか?NOだ。君はときに怒りを抱いたりするか?YESだ。どうか、そうしたことを否定しないで欲しい。僕らが肉体にいると感じているうちは、否定しないこと。Jはそれを「否定の中でもとりわけ無価値な形の否定(T-2.IV.3.11)」と言っている。なぜならそれは自分の体験について嘘をついてることになるからだ。1:38 君は動揺している事について正直でならなければならない。動揺するのはごく自然なことだ。いちどに全部を赦そうと試みるのではなく、その都度少しずつ赦すようにしよう。心の中に聖霊を探し、自分にこう言おう:「オーケー、私は悩んでいる。(摘出した腫瘍の)検査結果がどうなるか分からないから。」
僕もそういう状況にいたことがある。幸い、結果は悪くはなかった。だがいつも良いニュースとは限らない。だから、先回りして赦すんだ。自分に「そうだ、僕はどんな検査結果がこようと平安でいる事ができるんだ」と言う。これが「言うは易し行うは難し」だというのは知ってる。あんたがそう言うのは簡単でしょうよ、と思われるかもしれない。だが、僕も君と同じ状況だったことがあるんだ。
君の周囲の人が心配していることについては、君が彼らを作り上げたということを思い出すことだ。君が関わる医者や、まわりの親族など。1:39 これは誘惑を超えて見る機会なんだ。コースによれば、これは誘惑の典型例だ。彼らはよってたかって神の子である君が肉体だと説得しようとする。これはまさに自我がしようとしていることだ。君は肉体で、周囲の人々も肉体なんだと。だからいま君の目の前にある挑戦とは、このことを聖霊と共に見ることだ。自我ではなく。
わかってる、それは難しいことだ。だけど、君にはできる。聖霊はできもしない事を要求したりはしない。だから、以前にも増して(赦しを)頑張ってほしい。検査結果がどうなったか教えて。もし良いニュースなら祝おう。悪いニュースなら、赦そう。それに、もしかしたら自分で思っていたよりうまく(病を)やり過ごせるかもしれない。聖霊と共にいれば(病気でも)楽観的でいられる。

 

★Q4「人が刺激物(カフェイン、砂糖、薬物など)に反応すると、通常よりもっと苛立って怒りっぽくなります。怒りというのは単なる化学反応ですか?それとも無意識の怒りが表出してるのですか?」

1:43 ゲイリー:それは無意識の罪悪感による怒りだ。カフェインや砂糖や薬物といった刺激物が「すでに無意識の心にある怒り」の引き金になっている。だが、その怒りは元からそこにあり、隠されていただけだ。そして何かのトリガーで表出する。アルコールなんかは、人々の怒りを引き出す良い例だろう。薬物なんかもね。刺激物はなんでも構わないのだが、それがきっかけで罪悪感が怒りという形で現れる。だが、その罪悪感というのは、もとからそこにあったものだ。つまり、(外的な刺激によって)より怒りっぽくなったわけではない。だがそれを赦せば、より多くの力が君に戻ってくる。

1:44 シンディ:それを知っていることは大事。コースは象徴(symbol)と源(source)を混同してはならないと言ってる。象徴というのは薬物だったり砂糖だったりするけど、それらが私たちの怒りの源なのではない。私たちの外にある象徴が原因ではない。私たちはどんな怒りであっても、常に「源」に帰らなければならない。不満はもとからそこにあったもの。薬物や刺激物といったものはそれを表出させるだけ。同時にそれは、赦される必要のあるものを教えてくれる機会でもある。それらが癒やされるために。1:45 そのように見れば、あらゆるものを癒しの機会として見ることができる。

 

★Q5「Jが復活して弟子たちの前に姿を現したとき、Jは何を教えたのですか?」

1:45 ゲイリー:Jが復活のときに僕らに教えようとしたことのひとつは、「ひとつの肉体をつくることが出来るなら、同じくらい簡単に別の肉体を作ることもできる」ということだった。1:46 もちろん僕らは(死から蘇ったJを見て)完全にビビってたので、意味が分からなくて「何!?」ってなった。僕らは(肉体というのは)他の人々と同じように、ごくノーマルに、赤ちゃんとして生まれてくるものだと思ってたから。だが、心がそのすべてを作り上げているとはまだ気がついてなかった。だから当時の僕らにとっては(Jの復活は)非常に混乱する出来事だったんだ。
でもそれは2000年前の出来事だったことを覚えていてほしい。というか、これは現代の人間にとってさえ混乱する話だろう。いくら科学が発達して量子物理学を扱うような時代になったとしても、これは未だに人々をビビらせる話だ。この世界の全てが起こっていなくて、あらゆるものは心からくる投影による幻想だ、ということを初めて理解するということは。
1:47 Jは当時の僕らがまだ(このことを)理解できないということを知ってたので、後にコースの「十字架刑のメッセージ(T-6.I)」で(同じことを)教えている。あと、ケン・ワプニックの「天国から離れて(※)」の中にも、Jがそれを教えようとしたが弟子たちが理解しなかったという記述がある。だが、そのことで当時の弟子たちを責めることはできないだろう。※p459-461 14章「物理的な復活は存在したのだろうか?」を参照。

1:47 (Jの復活の時)それ以外に話してくれたことでは、彼は愛を教えた。「十字架刑のメッセージ」で「愛だけを教えなさい。それがあなたの本性だからである(T-6.I.13)」とあるように。それがJの十字架刑のメッセージなんだ。Jが十字架刑のあと僕らの前に現れたとき、彼は完全に純粋なる愛だった。彼の幻想の肉体から光が溢れているようだった。
Jは(復活した時)別に6時間フルタイムの講義をしてくれたわけじゃないさ。彼が話したのは15分ほどだったが、それは僕らに深い印象を残した。1:48 何しろ、あの頃は全ての弟子たちが十字架刑のことでパニクってたから。そして僕らは(Jが処刑されたことで)完全にヤル気をなくしていた。僕らはどうやってこの地から逃亡するか計画していたくらいだ。
だがJが復活して現れたとき、そのことが僕らの考えを完全にひっくり返した。「どうやって逃亡しようか」だったのが、「どうやって世界に出ていって、この事を伝えるべきか」に変わった。当時の僕らが伝道した福音というのは愛と赦しについてだった。それ以外の神学論はすべて後世のあとづけだ。
これが、「十字架刑のあとで、なぜ使徒たちが世界に出てこの話を伝道したか?」という疑問についての最も筋の通った説明でもある。1:49 なぜなら当時、そんなことをしたら殺される危険が十分にあったからだ。

 

ゲイリー講座 (55) 何をする必要もない

【第55回】
The Lessons of the Holy Spirit, from ACIM Ch. 6, Section V
https://www.crowdcast.io/e/lessons-of-the-holy-spirit/1
2020/12/10(PDT)→JST 12/11 10-12時

 

何もしない≠何をする必要もない
32 ゲイリー:コースが「私は何をする必要もない(I need do nothing)」(T-18.VII)というとき忘れちゃいけないのは、何もするな、という意味ではなく、何もする「必要がない」ということ。「必要性(need)」というのが大事なところ。
「私は何をする必要もない」と書かれた箇所に続いて「何かをするには肉体が必要である(To do anything involves the body)」(T-18.VII.7)とある。ここまで読まないと全体が見えてこない。君が何をする必要もない理由は、君が肉体ではないからだ。そこに教えがある。
「コースは何もするなって言うから何もしません」っていう学習者がいるけど、それは要点を見失っている。ここでのレッスンは、何もしないってところではなく、君が肉体ではないってところだ。33 以前、シンディと一緒にカップルのための瞑想CDを作ったけど、学習者から反論メールが来た。「ゲイリー、何もしてはいけないって書いてあるでしょ!」と。(ええ、まあ、そうだね、じゃあ僕は死ねってことかい?笑)
コースが言ってるのは、何もするな、じゃなくて、何もする必要がないってことだ。それだけさ。

 

Jがほとんどの人に嫌われていた理由
1:04 ゲイリー:2000年前、全員がJを好きだったわけではない。Jには確かに信奉者がいたし、僕らのような弟子もいたし、マグダラのマリアや彼の家族もJを愛していたけれども、2000年前のほとんどの人々はJを嫌っていたんだ。なぜ人々がJを嫌っていたかはコースに説明がある。

「認識すべきことは、あなたが何らかの思考体系を共有しないときにはそれを弱めている、という点である。したがって、その思考体系を信じている者たちは、そのことを彼らに対する攻撃と知覚する。この理由は、誰もが自分自身を自分の思考体系と同一視するものであり、どの思考体系も、人が自分を何であると信じているかを基軸としてるからである。(T-6.V.B.1)」

1:05 つまり2000年前の人々はJの教えとは全く違うことを信じていた。彼らは旧約聖書を信じていたし、トーラ(ユダヤ律法)を信じていたし、十戒を信じていたし、その他の古い言い伝えなども信じていた。だがJはその多くを無視し、もっとシンプルな、愛と赦しだけを教えた。何があろうとも。それは多くの人々にとって恐ろしいことだったんだ。だから彼らはJを嫌った。ケン・ワプニックでさえ、あるとき「世界はイエスを嫌っていた」と言っていた。
1:06 全世界とは言わないけど、当時のほとんどの人々は、Jに興味はなかった。だがJの信奉者はJがどんな様子だったかを目撃した。彼らはJが示した手本を見た。彼が本当に愛であったという手本を。彼は愛について話しただけじゃない、本当に愛だったんだ。Jは愛と赦しの地点からきていた。彼ら(信奉者たち)はJがもはや人間ではなく、霊であるという事さえ感じ取ることができた。ちなみに、これは君についても同じことが言える。君は人間ではない。

 

本当の誕生日は12/25ではない
1:38 ゲイリー:ここでちょっとコメントからの質問を。「ゲイリー、Jの本当の誕生日を知ってますか?」っていうやつ。そう、それは12/25ではなかった。10月の初旬だ。12/25では寒すぎる、というかそんなの関係ない。なぜなら彼は飼い葉桶にいたわけではないから。彼は伝承されているようにベツレヘムで生まれたわけではない。Jはナザレで生まれた。だからナザレのイエスと呼ばれたんだ。彼が生まれたのは10月の秋のはじめだった。1:39 興味深いのは、現在の教会が祝っている、いわゆるイエスの誕生の始まり(beginning of the birth of Jesus)というやつだが、それによると彼が生まれたのは9月とされてる。だが実際には10月だ。12/25ではない。

※9月誕生説:https://www.gotquestions.org/was-Jesus-born-in-September.html

 

★Q4「私は64歳で、ACIMに出会ったばかりです。もっと早くにコースと出逢いたかったと思うけど、全く出逢えずにいるよりは良いですね。自分の年齢のため、ACIMの学習に費やせる年数は短いと感じています。何かアドバイスはありますか?」

1:45 ゲイリー:救済に偶然はない。あなたがコースを始めたのはまさにその時がきたからだ。そしてあなたにはまだ多くの時間がある。多くの人が90代まで生きるからね。そして多くの場合、コースはビギナーのためのものではない。何らかのバックグラウンド -- 赦すべき「何か」が必要だ(笑)。 だから、若い人やティーンエイジャーがコースに入ることは稀だといえる。多くの人はもっと歳をとってからコースに出会う。ケン・ワプニックによると、「十分な時間をかけて(赦しの)教室をセットアップしてから、残りの人生をそれを赦すことに費やす」って言い方をしてた。それが典型的なパターンだ。だからあなたが何歳かは関係ない。それに、いまコースを学んだほうが、若い時に学ぶより良い人生に繋がることだってある。1:46 いまを大切にすること。もっとも大事なのはコースを実践することだ。人生のどんな出来事に対しても。
64歳なら多くの思い出があるだろう。中には嬉しくない思い出もあるはずだ。そういうものに適用していくんだ。